レース取材は久々にお休みとさせてもらいまして、しっかり英気を養いました……なんてことはなく、かといって帰省したとか、どっかに遊びにいったりすることもなく、ひたすら仕事していました! ただ、3月からずっと、週末はサーキットにいたもんですから、なんかリズムが崩れてしまいまして……。ホテル泊まりの時は必ず、早寝早起き! かつての私を知る方なら「うそでしょ?」って思うかもしれませんが、ホントですよ。そうじゃないと、もう保たないもの。じゃあ、家にいるからといって、週末早く起きるかというと、決してそんなことはなく。あ、それでリズム崩れちゃうんですね。体内時計のズレ? そうかもしれません。
で、そうやって家にいるでしょう。なんだかドアを開けた瞬間に雨が降るとか、ちょっと用事があって外に出ると雨が降っていて、戻って来る時にはやんでいる、なんてことが、このところ続いております。インターナショナル晴れ男を自称する私ですが、どうやらそれは遠出した時だけみたい。うまくバランスが取れているってことなんでしょうか?
とまぁ、近況報告をいつまでもしていても仕方ないので。鈴鹿1000kmが近づいてまいりました。このレースいちばんの思い出は、前にも書いたことあるかもしれませんが、ラップチャートつけろ、って編集部の先輩から言われたこと。私が昔いた雑誌は、大きなレースのラップチャートと、全車シャシーナンバーまで載せているのが売りだったんですね(と思っています)。今でこそ、ラップチャートはオーガナイザーから配布されますが、当時そんなものはなく、ということは駆け出し編集者である私の役割でして。
ということは、ずっとレースを見てなきゃいけない。今のように映像もなければ、タイミングモニターもない時代です。で、失敗しました。当然落ち込みましたが、件の先輩は頼んだことを忘れていて、「どうでもいいよ」と。殺意を覚えましたね(笑)。
そんなことは、それこそどうでも良くて。今でこそクルマが速いんで、ものすごく長いという印象は無くなりましたが、昔は本当に長いレースで、ちょうどいいタイミングでナイトチェッカーの後、花火が打ち上げられたものです。速いといえば、Cカー主体の頃が特にそうで、もう夕方にならないうちに花火が……なんてこともありました。
スーパーGTの一戦となってからは、すごく緊張感のあるレースになりましたが、実はそれ以前の、なんでも出られるレースだった頃の方が、雰囲気は好きでしたね。先の花火があるせいで、お祭りムードもすごくあって。そうだそうだ、あの頃ピット裏には、いろんなチームがビニールプールを用意していて、レース後にはいろんな人が突っ込まれるという(笑)。ちょうど携帯電話をみんなが持ち始めた頃で、何人それで壊したことか。取材しなきゃいけなかったので、私も戦々恐々。幸い、突っ込まれることはありませんでしたが……。
CカーとかGTカー相手に、RSがどこまで上位に食い込むか、っていうのがすごく好きで、「目指すはRSの総合優勝!」なんて本気で言っていましたからね。そのRSのチームの手伝いをしたこともあって、といっても消火器構えていただけですが。あと、Cカーと一緒にN1も走っていたんじゃなかったっけ? きっと速度差は、今のスーパー耐久の比じゃなかったはずですが、そんなことに誰もアレコレ言いませんでしたからね。ホント、お祭りという感じのレースでした。あと、海外から見たことのないGTカーが来るのも魅力のひとつでしたね。
そんな鈴鹿1000kmも、今年で最後になります。来年からはFIA-GT3による、10時間レースになるとのことで、う~ん長い(笑)。それはそれで魅力的なんですけど、やっぱりなんでも走れる1000kmとして残して欲しかったですね。
そうそう、最後といえば、いつも花火が打ち上げられるのを見て、「ああ、もう夏も終わっちゃうんだな」って思うんです。えっ、あと2週間しかない。でも「な~んにも夏らしいことしていないよ、まだ」なんて、思っているうちに本当に終わっちゃうんですよ、いつも(笑)。
去年はGT300のポールポジションを、UPGARAGE BANDOH 86が獲ってくれました。セーフティカーとのタイミングで、長いことトップを走りながら勝負権失っちゃったんでしたね。今年こそ……の期待がかかります。
写真はすべて2016年のものです
モータースポーツジャーナリスト。大学在籍時からモータースポーツ雑誌編集部に加わり、90年からフリーランスに転身。以来、国内レースを精力的に取材。本当に力を入れたいのは、非メジャー系レース。特にエントリーフォーミュラのスーパーFJに関しては右に出る者はいないが、並ぼうとする者もいないのが悩みの種?スーパーGT(主にGT300)とスーパー耐久は全戦取材を予定。6月14日生まれ、東京都出身。