平昌五輪にも、いろいろ興奮したり、感動したりしているんですけど、いざレース取材が始まると、やっぱりね! てか、スーパーFJに、今までにない感動を覚えました。
ただ、鈴鹿クラブマンの開幕戦、事前にあれこれ書きましたが、いざエントリーリストを見てガックリ。「全体的に少ない……」ってね。観戦する環境としてはオススメの東コースですが、走る側にはピットを使えるぐらいのメリットで、抜きどころも少ないから不評って話はあったのは事実です。でも、それ以上にジェントルマンドライバーの多くがこの時期、決算期だから休みにくいっていうのはあるみたい。だから、これがどのクラスも「底」であるのは間違いなく、第2戦以降は確実に増えるはずです。
それにしてもスーパーFJの10台っていうのは……。去年、20台ぐらい常時エントリーしていただけに複雑な心境でしたが、いざ始まってみると、そんなことまったく気にならなくなりました。雪舞って、ウェットコンディションからのスタートとなった予選。それでもにわかに天候が回復し、終盤にはコンディションが一気に向上していったこともあり、徳升広平選手と荒川麟選手による、熾烈なポール争いが見せ場になりました。目まぐるしく順位が入れ替わる中、最後の最後まで走り続けた荒川選手が、僅差で徳升選手を抑えて、ポールポジションを獲得します。これに続いたのはベテランの吉田宣弘選手。
で、決勝はすっかり天候も回復し、完全なドライコンディションで争われるんですが、まだ路面温度は低かったんでしょう。実際、冷たい風も吹いて、グリッドに立っているのも辛かったぐらいですから。で、フォーメイションラップでびっくりの光景が。なんとポールシッターの荒川選手が、最終コーナーでスピンしているではありませんか! 1周が短い東コースですから、タイヤが温まり切っていなかったんでしょう、クルマを振り過ぎてしまって……。
結果、荒川選手が並んだのは、最後尾のグリッド。天国から地獄に一直線です。代わって主役の座を射止めたのは徳升選手ではなく、吉田選手でした。「なんでスタート失敗したのか、自分がいちばん知りたい……」とレース後に語っていた徳升選手を尻目に、好スタートを切ってトップに浮上したばかりか、早々に後続を引き離します。レース展開については、昨日の速報でも書いたから、そっちも参照して欲しいんですが、途中バックマーカーとの遭遇で徳升選手を近づけましたものの、最後は辛くも振り切って優勝を果たしています。
後で知ったんですが、チェッカーを受けた後、吉田選手は涙を流したんだとか。普段は飄々としているし、マシンを降りてコメントを聞いている時には、そんな感じしなかったのにね(笑)。意外と思われるかもしれませんが、これが鈴鹿での初優勝でした。九州出身の吉田選手、当然オートポリスでFJ1600を始め、優勝もチャンピオンの経験もあり。で、そのまま続けていれば連覇どころか……ってことも可能だったでしょうが、それをあえてせず、富士や岡山シリーズに拠点を移してきたという経緯もあるんですね。
たぶん「お山の大将」にはなりたくなったんでしょうし、九州のドライバーにチャンスを与えようという意図の下、自らはより厳しいフィールドに身を置こうという。やがて時代がスーパーFJに変わっても、そんな姿勢は変わらず、ついに鈴鹿シリーズに挑んだのが5年前。ここはシリーズ随一の激戦区、しかもステップアップを目指す、多くの若手ドライバーがブイブイ言わせるほどですから、吉田選手はなかなか勝つことができません。でも、自覚していたはずです、そう簡単に勝てるはずがないと。むしろレベルの高い戦いの中で、自分を磨き上げていく、実際にそうなっているのを楽しんでいたに違いありません。
そしてチャンスは、ついに訪れました! ひとつ残念だったのは、そこに家族がいなかったことなんじゃないかな。年齢的なこともあるし、家族を持つ身としては、もうステップアップ云々ということは考えていないでしょう。だったら、できる範囲でベストを尽くそうと。「子供も物心ついたんで、勝ったところをいつか見せたい!」とここ数年は語っていた吉田選手。若手の猛攻に少しも動じず、最後までトップを守り抜いた様子は感動したし、正直見ているこっちがラスト何周かは手に汗握ってしまいましたよ(笑)。
昔のFJ1600と違って、今のスーパーFJは「地元だし、レースを楽しみたい」というジェントルマンドライバーも増えていて、もちろんウェルカムなんだけど、「勝ちたい!」という思いを感じさせる方は、ほとんどいなかった。自分を信じて、突き進んできた吉田選手には、「スーパーFJ界のレジェンド」って称号が相応しいと思います。より自信もついただろうし、この壁を乗り越えていくのは、若手にとっても案外高いハードルにもなるかもね。「鈴鹿で勝つのは、目標のひとつ。かなって嬉しい」って言っていたから、きっと目標は次に移ったんでしょう。
モータースポーツジャーナリスト。大学在籍時からモータースポーツ雑誌編集部に加わり、90年からフリーランスに転身。以来、国内レースを精力的に取材。本当に力を入れたいのは、非メジャー系レース。特にエントリーフォーミュラのスーパーFJに関しては右に出る者はいないが、並ぼうとする者もいないのが悩みの種?スーパーGT(主にGT300)とスーパー耐久は全戦取材を予定。6月14日生まれ、東京都出身。