週末の鈴鹿でのこと。アナウンサーの「初のチャンピオンの期待がかかります」っていうのを聞いて、あれ?と思ったんです。ああ、そうだっけ……と。で、当人に聞いてみたんです。「FITでは初めてだよね、インテグラだかシビックの頃になかったっけ?」って。誰にかというと、FIT 1.5チャレンジカップに出ている伊藤裕士選手にです。
すると返ってきたのが、意外な言葉。「いや、まったくないんです。一応、去年はJAFの地方選手権で有効ポイントがあるから、チャンピオンになっているんですけど、シリーズそのものではなくて。で、インテでもシビックでも1回もチャンピオンになっていなくて、始めた頃のTI、AE86でも幸内(秀徳)にやられて2位。ようやく……という感じですわ」と予選後の伊藤選手。
さらに続けて、「HIROBONが2番手で、あいつもようやく調子を上げてきて、ここ2戦勝っていますからね。まぁ、10Pポイント差がありますから、HIROBONに勝たれて、僕が2位でも大丈夫。それよりレコードタイム更新できたのが嬉しいですね。僕、もてぎでもレコードタイム持っているんです。ふたつ持っているってすごいでしょう?」と語るあたり、悲願の王座獲得を信じて疑っていなかったはずです。
伊藤選手、キャリアは長いんですけど、一時はレース活動を休止して、4年前にレース復帰。ブランクを感じさせない走りを見せていたんですが、チャンピオンは獲れずにいました。以前の活動の時も何度か優勝しているので、チャンピオンの経験もあったかな……と思っていたんで、まぁ私の記憶違いだったんですが、これはこれでいい終わり方だな、と。
なのになのに……。鈴鹿クラブマン最終戦、総じて見ればいいレース、いいバトルが多かったんですが、ちょっと荒れ模様。SCもほぼ全レースに出て、赤旗も連発。なんかただならぬムードもあったんですね。で、FITは最終レース。何事もなく終わって欲しい、との思いとは裏腹に、スタート直後の1コーナーで多重クラッシュがあったり、シケインでは伊藤選手にも軽い接触があったりしたんです。
でも、1周目はなんとか乗り切れたはずが、ダンロップコーナーで2台が絡んだクラッシュがあって、赤旗が出てしまいます。その影響もあって、中団から一気に順位を上げてきたドライバーがいたことが、ある意味悲劇の要因になってしまったかもしれません。再開後、伊藤選手をトップに4台が団子になって。2番手につけていたHIROBON選手は明らかに様子見。まだ先はあるし、無茶はしていなかったんですが、その4台の一番後ろは、そう考えてはいなかった。シケインの入口で1台をパス……までは良かったんですが、その先で止まりきれず。
とばっちりを受けたのが、まさに伊藤選手でした。押し出されたばかりか、足回りにダメージを負ってしまい。よろよろとピットに戻って、無念のリタイアを喫することとなりました。ということは! トップを走っているのはHIROBON選手です。つまりポイントで大逆転するということ。そのままポジションを守ってゴールしたHIROBON選手でしたが、マシンを降りた時、笑顔はありませんでした。「3連覇できたのはいいけど、気持ちよく終われなかった」と。それはまちがいなく本音でしょう。
で、脇を見れば、ほうきを振り回している伊藤選手の姿が! もちろん、ふざけてやっているんです。後に知ったところでは「降りた直後はブチ切れていたけど、泣いている嫁の姿を見たら、一気に冷めた」のだとか。そして、私との会話。「つくづく僕にチャンピオンは似合ってないんですね。しょうがない」。だから、私は「来年、またチャレンジするんでしょ?」と聞いたら、「いや、FITは今年限りと決めていて、来年はスーパー耐久に専念します」って。
頭の中に「えっ、そんな……」って浮かびました。これもレース。なんだけど無情すぎました。お互い固い握手を交わしたんですけど、伊藤選手、ずっと笑顔でした。本当はあれだけ「スーパーFJ日本一、スーパーFJ日本一」って言っていたんで、その話なんでしょうけど、なんか書かずにいられなかったんです。どうか、皆さん、伊藤選手も拍手を……。
モータースポーツジャーナリスト。大学在籍時からモータースポーツ雑誌編集部に加わり、90年からフリーランスに転身。以来、国内レースを精力的に取材。本当に力を入れたいのは、非メジャー系レース。特にエントリーフォーミュラのスーパーFJに関しては右に出る者はいないが、並ぼうとする者もいないのが悩みの種?スーパーGT(主にGT300)とスーパー耐久は全戦取材を予定。6月14日生まれ、東京都出身。