日曜日の富士スピードウェイは、朝からすごい雨。土曜日と違って一度も雨が上がることはありませんでした。そのため、早々にインタープロト ジェントルマンクラス第6戦の中止が決定し、KYOJO-CUPにいたっては予選すら行えず。ランキング順のスタートになるはずでしたが、結局インタープロト プロフェッショナルクラスの2戦とともに、天候の回復の見込みがないことから決勝は中止となってしまいました。なお、KYOJO-CUPはこれが最終戦だったこともあり、2戦2勝の小山美姫選手が初代女王に決定。今後より一層の飛躍が期待されます。
KYOJO-CUP最終戦は惜しくも中止になってしまいましたが、初代女王には小山美姫選手が輝きました。
ポイントリーダーの大草りきが全日本カート選手権とのバッティングにより出場できず、唯一逆転の可能性を残したのは佐藤セルゲイビッチ。土曜日に行われた予選は、スタート時点では雨は上がっていたことから、全車ドライタイヤを装着して走行した。が、始まってまもなく雨が降り始め、ドライタイヤの美味しいタイミングはわずか3周だけに。誰よりもピークをうまく合わせたのは小村方喜章ながら、自分がトップであることをピットに戻ってくるまで気づかず。チームメイトに指摘されて、ようやく喜びの表情を見せた。「ポールポジションは初めてです。予選もがむしゃらに走っていましたが、決勝も天気がどうなるか分かりませんが、同じようにがむしゃらに走るつもりです」と小村方。2番手には第2戦のウィナー渡邊大祐がつけ、佐藤は3番手に甘んじる。
決勝はやはりというべきか、強い雨に見舞われてセーフティカースタートでの開始に。2周の先導の後、リスタートが切られ、真っ先に1コーナーに飛び込んだのが渡邊だった。「このままSCで終わっちゃうのかな……と思っていたんですが、それでもブレーキにはしっかり熱を入れていて。タイヤはそれほどでもなかったんですが、リスタート後はしっかりブレーキを踏めました」と渡邊。そこからの4周で、2番手を争う小村方と佐藤に6秒半もの差をつけたが、雨量の増加によって7周目から再びSCがコースイン。一気に差が詰まってしまった渡邊ながら、天候の回復が見込めないことから10周を経過したところで赤旗が出てレースは終了。渡邊が連勝を飾り、そしてチャンピオンは大草が不在のまま逃げ切って獲得した。
ここまで6戦6勝と、圧倒的な強さを見せてきた銘苅翼が、雨の予選で舩井俊仁に、ほぼ3秒もの差をつけてポールポジションを獲得。決勝ではどれだけ差を広げるのか注目された。しかし、その決勝は大雨のためSCスタートになり、4周の先導の後バトルが開始されることに。絶妙のダッシュとはいかなかったものの、1周回ってくると銘苅と舩木との差は3秒2にまで広がっており、そのまま逃げることが予想された。が、1コーナーでスピンしたクルマがクラッシュし、その回収のために7周目から再びSCがコースイン。そして8周を経過したところで赤旗終了となった。2位は舩木が、そして3位は大波肇が獲得した。
最終戦を待たずしてチャンピオンを決めた銘苅ながら、「僕としてはチャンピオンよりも、前のレースよりいい内容で……というのを重視していて、それができれば勝てるし、チャンピオンも獲れると思っていたので。予選では3秒も離せましたし、決勝も短い間でしたが、しっかり引き離せたので、その点では満足しています」と。本来ならば、この後行われるはずだった最終戦は悪天候のため、残念ながら中止に。それでも全勝は達成された。
7クラス混走のロードスターによるナンバーつきワンメイクレースで、ポールポジションを獲得したのはNA8の山田健介で、これにNDオープンの茂木文明が続くはずだったが、黄旗追い越しのペナルティで4グリッド降格。繰り上がってフロントローを得たのは、NB8の山平健太郎だった。決勝もやはりSCスタートとなり、3周の先導の後にバトルが開始される。リスタートこそ完璧には決められなかった山田ながら、もう1周戻ってくると山平との差は1秒3に、これが次の周には1秒6へと広がっていた。一方、その後方で激しいバトルを繰り広げていたのが、NA6の辻本均と小原健一だった。6周目のダンロップコーナーで小原が前に出るも、辻本も食らいついて離れず。だが、7周目に差し掛かったところで天候悪化のため、赤旗が出されたばかりか、次の周にはストレートでクラッシュが。規定の8周に満たずチェッカーが出され、総合優勝の山田がNA8のチャンピオンを獲得。総合2位の山平もNB8の、そして小原もNA6の王座を獲得することとなった。また、NCオープンの高橋裕史は4戦4勝という記録も達成した。
モータースポーツジャーナリスト。大学在籍時からモータースポーツ雑誌編集部に加わり、90年からフリーランスに転身。以来、国内レースを精力的に取材。本当に力を入れたいのは、非メジャー系レース。特にエントリーフォーミュラのスーパーFJに関しては右に出る者はいないが、並ぼうとする者もいないのが悩みの種?スーパーGT(主にGT300)とスーパー耐久は全戦取材を予定。6月14日生まれ、東京都出身。