今年のスーパーFJとF4の日本一決定戦、見方というか見え方は180度違っていましたね。はっきり言うと、こうあるべきと、もうそうじゃないが明らかに。このあたり、いずれちゃんと書きますね。
42台がエントリーし、予選〜第1レグを経てファイナルに残れるのは40台のみ。第1レグまでの2グループのうち1台ずつ陥落する非情な状況において、そのうちの1台に含まれてしまったのが、岡山チャンピオンで、ここまで無敗の岡本大地だった。第1レグのスタート直後にギヤトラブルが発生し、無念のリタイアを喫してしまったからだ……。
一方、第1レグのAグループでは鈴鹿チャンピオンの山内飛侑が鈴木智之を抑え、Bグループではもてぎチャンピオンの小倉祥太が名取鉄平を抑えてゴールし、それぞれ王者の貫禄を見せていた。ファイナルのポールは小倉で、その脇に山内が並ぶことに。スタートを決めたのは小倉で、これに続いたのは1コーナーで山内をかわしていた名取だ。しかし、その名取ですら、オープニングの1周で小倉にほぼ1秒引き離されていたのだが……。小倉にとって不運だったのは、わずか1周とはいえセーフティカーが入ったこと。ヘアピンの接触で、1台がコース上に留まっていたためだ。これでマージンを失った小倉ながら、リズタートを決める。だが、名取と山内だけがピタリと食らいついて離れず。その後は三つ巴でのトップ争いに転じ、5周目の1コーナーで名取が前に出るも、8周目の130Rでは小倉が再逆転。しかし、9周目のスプーンでは名取が再びトップに躍り出る。
最終ラップは小倉が1コーナーで、スプーンで、そしてシケインで名取を攻め立てるも、そこは鈴鹿のコースを知り尽くした強みがあった。要所をしっかり抑えた名取が逃げ切って日本一決定戦を制覇。「昨日まで今イチだったセットを変えてみたら大成功。それは自分の判断だったんでしたが、そういった意味でドライビング以外のスキルも上がったんだと思います」と名取は満足そうな表情でそう語っていた。小倉、山内に続いてフィニッシュしたのは鈴木。吉田宣弘との激しい攻防の末に、4位を獲得した。
Photo by Yukio Yoshimi
F4の日本一決定戦でも角田裕毅がポールを奪い、エンジン不調を抱える大原佳祐を尻目に、里見乃亜と久保宣夫が間に割って入る。決勝では角田と里見が好スタートを切ったのに対し、久保と大原はやや出遅れ、予選5番手の佐藤セルゲイビッチの先行を許すこととなる。コンディションの変化があったのか、西日本シリーズ第7戦ほどの勢いはなかったものの、角田はしっかりタイムを刻み続けて、再び後続を引き離し続けていった。
トップ3がまたしても単独走行となる中、久保と大原による4番手争いが激しく、やがて飯嶋郁陽も加えることに。だが、その最中の8周目、デグナーで大原が痛恨のスピンを喫し6番手に後退。これが続く7番手争いにも影響を及ぼすこととなった。金井亮忠との差が一気に詰まった早坂公希が、最終ラップの130Rで逆転を果たしたからだ。これで早坂は連日、Hクラスの優勝を飾るも、グランドチャンピオンは金井のものに。
そんな後続のバトルなど知る由もなく逃げ続けた金井が、今年のF4日本一に輝くことに。「このカテゴリーで学んだことは、きっと来年どのカテゴリーに出るかわかりませんが、必ず生きてくると思います」と強く語っていた。
今年のスーパーFJ日本一に輝いた名取(左)
シビックによるFFチャレンジには、過去6回のチャンピオン経験を持つ松下祐一が、1年ぶりの参戦にもかかわらず、レコードタイムを2年連続で更新してポールポジションを獲得。「でも、シリーズを追いかけているわけではないので、さすがに緊張しました。終わってみると、あそこをこうしたら……とか、いろいろ思いました」と。2番手の伊藤昌弥にすら1秒の差をつけただけに、決勝でもぶっちぎりとの予想に反して、松下はスタートに失敗。トップに立てなかったばかりか、古川一弘を交えた3台でのバトルを繰り広げることに。まず伊藤からトップを奪ったのは古川だった。これが3周目のこと、すぐに松下も続く。早いこと古川を抜き去って、そのまま逃げたい松下だったが、固いガードに阻まれ逆転ならず。そんな矢先にアクシデントが発生、最終ラップのヘアピンで古川と松下が接触、スピンした古川は4番手にまで順位を落とす。「さすがに後味が悪いですね」と語っていた、松下がトップチェッカーを受けたのだが……。その接触が危険行為とみなされ、松下は30秒加算のペナルティで10位に降格。
繰り上がって優勝の稲継敏之はチャンピオンも獲得。「シーズンを通じて出るのは初めて。最高に嬉しいです」とレース後に語っていたが正式結果を見て、喜びを二倍にしていたのは間違いない。
モータースポーツジャーナリスト。大学在籍時からモータースポーツ雑誌編集部に加わり、90年からフリーランスに転身。以来、国内レースを精力的に取材。本当に力を入れたいのは、非メジャー系レース。特にエントリーフォーミュラのスーパーFJに関しては右に出る者はいないが、並ぼうとする者もいないのが悩みの種?スーパーGT(主にGT300)とスーパー耐久は全戦取材を予定。6月14日生まれ、東京都出身。